カテゴリ:食道癌にかかった芸能人( 34 )

女性と食道癌

元女子プロレスラーのハーレー斉藤さんが15日に死去したことが同日、分かった。48歳だった。今年になって食道がんを患い、治療に努めていた。

 斉藤さんは1986年にジャパン女子プロレスに入団。92年には新団体・LLPWに参画。2006年にはデビュー20周年を迎えたが、10年に子宮筋腫のため現役を断念。12年12月29日にLLPW-X(赤坂BLITZ)で2年ぶりにリング復帰し、引退試合を行った。

我々のちょっと上の世代の女性で

1995年頃のワインブームなどで酒を覚えた女性が

若くして食道癌に罹患する

こういうケースは今後増えて行くように思います。

女性も要注意の時代に変わっていくかも。。。








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by kenzaburou41 | 2016-12-15 23:05 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

巨泉さん

2日に急性呼吸不全のため82歳で亡くなった大橋巨泉さん。広い見識、豪快なキャラクターでテレビ司会者としても親しまれたが、人生最後の11年間は、手術を4度も行うなどがんと闘う日々でもあった。

 最初のがんが見つかったのが2005年の71歳の時。5月に胃がんを患っていたことが発覚し、6月に米国で摘出手術。完治宣言を受けたが8年後の13年に中咽頭がんを発症した。この時も摘出手術を行ったが、昨年に今度は肺がんの手術を受け右肺の約3分の1を切除した。

 13年以降は転移を繰り返していた。昨年10月には左右両肺の間の縦隔にあるリンパ節2カ所で異常が発覚し、4度目の手術。退院の翌日にテレビ朝日「徹子の部屋」の収録を行うなど経過は順調だったが、今年2月には左鼻腔内に新たながんが判明。抗がん剤および放射線による治療を行いながらの闘病を続けていたが、力尽きた。

 妻の寿々子さんが20日に発表したコメントによると、今年4月からの3カ月は死を覚悟して、すべてを受け入れて文句も言わず、じっと痛みを我慢する毎日。今月に入ると眠る時間が長くなり、最後は眠ったまま静かに息を引き取ったという。



クイズダービー、ハウマッチ、40代にはTV界の巨人。
合掌。
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by kenzaburou41 | 2016-07-20 22:05 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

グラミー賞

最優秀オペラ録音部門で第58回グラミー賞を受賞した指揮者の小澤征爾さん(80)が17日、オペラ公演初日を翌日に控えたロームシアター京都(京都市左京区)で会見し、あらためて喜びを語り、公演への意欲を示した。
 会見は受賞後初めて。小澤さんは、長野県松本市で総監督を務める音楽祭を収録したアルバムが評価されたことを受け、「オーケストラの仲間や(コーラスを担った)松本の方みんなでいただいた」と笑顔を見せた。今年から京都を拠点に制作を始めたオペラについても「小学生向けの公演をやったが素晴らしかった。うまくいくと思う」と手応えを語った。
 受賞作品となったラベル作曲の歌劇「子どもと魔法」は、小澤さんが監督する音楽塾オペラプロジェクトの一環として、昨年3月に京都市でも地元の小学生を招いて上演した。
 小澤さんは「大勢の子どもたちがあんなに一生懸命見てくれてうれしかった。本当は大人のために書かれた深いオペラなのに、通じるものがある」と振り返り、「受賞を機に作品がもっとポピュラーになり、お客さんが見に行きたいなと思っていただいたら本望です」と語った。
 今月上旬京都入りした小澤さんは、18日開幕するヨハン・シュトラウスII世の喜歌劇「こうもり」を制作している。



食道癌術後でも、グラミー賞

希望の星ですわ


ぽちっとな
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by kenzaburou41 | 2016-02-17 22:48 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

毛利甚八さん

家庭裁判所判事を主人公にした漫画「家栽の人」原作者の毛利甚八さん(本名・毛利卓哉さん)が11月21日、食道がんで死去した。57歳。
葬儀は近親者で営まれたという。
雑誌ライターなどを経て1987年から「家栽の人」の原作を担当した。植物を愛する家裁判事が少年事件に向き合い更生に努めるストーリーが人気を集め、テレビドラマにもなった。
毎日新聞は、少年院での篤志面接委員や、少年事件の厳罰化に反対していた生前の活動を伝えている。

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by kenzaburou41 | 2016-02-07 11:22 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

海援隊

3人組フォークグループ「海援隊」のギタリスト・中牟田俊男(66)が、食道がんを発症したことが10日までに分かった。海援隊の公式ホームページ(HP)で公表した。

 HPに6日付で掲載された武田鉄矢(66)のメッセージによると、中牟田から報告があったのは12月半ば。中牟田は1月に入院して治療にあたるという。武田は「数年前は私自身が己れの病で中牟田を待たせたことがありますので、今度は私が待つ番だと前を向きました」と記すとともに、「しばらく中牟田のいない海援隊が続きますが、この事情と中牟田の思いを汲みおかれましてどうぞお待ち下さい」とファンに呼びかけている。

 海援隊は、中牟田が武田、千葉和臣(64)を誘って結成。1972年にデビューした。翌年に発売したシングル「「母に捧げるバラード」が大ヒットし翌年、NHK紅白歌合戦に初出場。79年に武田が出演したドラマ「3年B組金八先生」の主題歌「贈る言葉」も大ヒットを記録した。

 82年に解散し、3人はソロ活動をスタートするが、94年に再結成。2014年には13年ぶりとなるオリジナルアルバムを発売した。

 武田は「三人でしみじみ話したことですが、我ら最長寿のライブバンドをめざす夢を持っております。どうぞその夢の途中の出来事とこの度のこと見守って下されば有難いです」とメッセージを締めくくっている。
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by kenzaburou41 | 2016-01-10 22:39 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

体の負担の軽い治療

2012年に患った食道がんが今年3月、気管支周辺のリンパ節に再発し、大手術を受けた作詞家のなかにし礼さん(77)が19日、由利子夫人とともにテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜正午)に出演し、一時は自分で葬儀や墓の段取りまでしたことを明かした。
 なかにしさんは今年3月に「徹子の部屋」に出演した直後、再発が分かったガンと闘っていることを黒柳にメールで知らせてきた。

 開胸手術を受けたものの、ガンは取り切れなかった。一時は家族が「一週間以内に亡くなる可能性が80%」という宣告さえ受けたという。

 当時、その宣告は本人には知らされなかったが、その気配に気付いたなかにしさんは「もう死ぬだろうということで、葬儀委員長を決めて、お寺行って、焼き場も決めてね」と、終末に備えた。

 墓を決め、葬儀でかける音楽などの演出も自分で決めてしまった。

 しかし抗がん剤治療は劇的な効果を上げてガン細胞はどんどん小さくなり、ついに消滅。念のため陽子線治療も受けて回復し、テレビ出演できるまでになった。由利子夫人は「秋を迎えられるとは思っていませんでした」と声を詰まらせた。



「保険のきかない治療をまず選択

一時的にはよく効いたけれど、がん細胞が
0になるまではならず

その後再発し、切除しにいったけども
とりきれずに化学療法と陽子線で治療」



「最初から手術して一気にがんの根治を
目指す治療」

手術したから絶対治るともいいきれないので
どっちを選ぶかってのは難しいですけども

あとから手術を受けるのは
初めから手術するよりうんと負担が重く
精神的にも肉体的にもしんどいのは
間違いなく。


その選択、ほんとにそれでいい??

っていったん冷静に考えてみましょう

ぽちっとな
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by kenzaburou41 | 2015-10-19 22:56 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

声を使う職業

沖縄県出身の芸人・まーちゃん(小波津正光 40)が28日、自身のブログを更新。咽頭がん(いんとう)であることを公表するとともに、8月から入院し治療に専念することを報告した。

 「急ではありますが皆様にご報告があります」の書き出しで「私まーちゃんはこのたび『芸人』から『病人』になりましたっ いっちょ前にも『がん』になってしまいましたっ」と公表。続けて「立川談志師匠、忌野清志郎さん、そしてつんくさんと同じ咽頭癌(いんとうがん)です」と明かした。

 さらに、8月から入院し治療に専念することを報告し「来月からの仕事ができなくなってしまい大勢の方にご迷惑とご心配をかけてしまっています 大変申し訳ありませんっ!」とお詫び。「今のところ治療すれば復帰できるということなので できるだけ早く復帰できるように来月からは治療に専念したいと思います」と“復活”を誓った。

 まーちゃんは、沖縄の番組やラジオを中心に『笑う~百年の物語』(NHK)『Nスタ』(TBS)『報道の魂』(TBS)『銭形金太郎』(テレビ朝日)などに出演。そのほか、舞台『お笑い三人会』、戦後60年企画『基地を笑え!お笑い米軍基地』ほか、『お笑いセールスマン』(文化放送)『RADIO JOB』(FM沖縄)で活躍する。

 所属事務所によると咽頭がんは「初期」。入院後は放射線と抗がん剤による治療を受け、完治と仕事復帰を目指すという。



談志さん、清志郎さん、つんくさんは喉頭癌ですが。。。。
声を使う職業の方ご注意ください
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by kenzaburou41 | 2015-07-29 07:11 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

いいニュース

中咽頭がんと診断され、ゲストディレクターを務めた「札幌国際芸術祭2014」で、予定していたコンサートに出演できなかった音楽家の坂本龍一さん(63)が29日、札幌市の秋元克広市長を表敬訪問し「順調に回復しています」と病状を報告した。

 札幌市や所属事務所によると、坂本さんは現在も療養中で、公の場に出るのは珍しい。坂本さんは「仕事への復帰はもう少し先になりますが、まずは札幌市民のみなさまと関係者の方々におわびをしたく、訪札しました」とする、市民向けのメッセージを公表した。

 坂本さんは療養について「天から与えられた充電期間だと思い大事にしたい」と語った。



こういうニュースが続きますよう
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by kenzaburou41 | 2015-05-29 22:26 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

またもや

三味線漫才コンビ、暁照雄・光雄の照雄さん(あかつき てるお/本名 浜田登志夫)が29日午前4時32分、下咽頭がんのため大阪市内の病院で死去した。78歳だった。所属事務所がFAXを通じて発表した

 照雄さんは、昭和25年6月、浪曲の二代目東洋軒雷右衛門に入門し、東洋軒雷坊の芸名で初舞台を踏む。昭和34年4月、神戸松竹座でリーダーの宮川左近、松島一夫、高島和夫とともに「宮川左近ショウ」を結成し、昭和47年第7回上方漫才大賞を受賞。昭和61年の解散後の翌年に弟子の光夫とコンビを結成。平成20年文化庁芸術祭賞大衆演芸部門大賞を受賞。平成25年「暁照雄・光雄」に改名した。



う~ん、芸能人、特に声の仕事の人に多い気がする。。。
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by kenzaburou41 | 2015-05-29 22:24 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(0)

大内さん

1994年の「愛が生まれた日」などのヒット曲で知られる音楽プロデューサーの大内義昭(おおうち・よしあき)さんが22日、がんのため北九州市の病院で死去した。55歳。葬儀は近親者のみで営む。

 60年、福岡県八幡市(現北九州市)生まれ。87年、小比類巻かほる「HOLD ON ME」がヒット。藤谷美和子(52)と歌唱した「愛が生まれた日」は当時、デュエット曲としては異例のセールスを記録する大ヒット。94年のNHK紅白歌合戦にも出場した。

 約20年前から地元の北九州市に拠点を移して、音楽スクールの経営など多角的に活動。昨年1月、食道にがんが見つかり闘病していた。同10月ごろには音楽関係者に、がんがかなり重いことを明かしていた。2週間ほど前から容体が悪化していたという。



う、、、

歌いましたよ、、この曲。 
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by kenzaburou41 | 2015-05-25 23:37 | 食道癌にかかった芸能人 | Comments(2)