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ARDS

来春こけら落としする歌舞伎座の舞台を踏むことなく57歳で旅立った歌舞伎役者、中村勘三郎さん。今年7月には食道がんの大手術を乗り越え、約4カ月にわたる壮絶な入院生活を送った。命を奪った急性呼吸窮迫(きゅうはく)症候群(ARDS)は現代医療でも退治できない“大悪党”だった。

 最後の舞台となった7月の「信州・まつもと大歌舞伎 天日坊」を演出した串田和美氏は、「お見舞いに行った時は、もう話ができない状態でした。今まで何度も奇跡を起こしてきた人だから、また奇跡が起きると信じる気持ちと覚悟する気持ちとの間で揺れ動いていました」とコメントした。

 7月27日に12時間に及ぶ食道がんの大手術を乗り越え、一度は病院内を歩けるほどに回復。再発予防のため抗がん剤治療を受けていたが、11月に肺炎を発症し、急速に呼吸不全に陥った。

 専門の治療を受けるために、二度も病院を転院しているが、家族は「考え得る最高の治療をしていただきました」としている。

 この急激な悪化こそARDSの特徴だ。杏林大学医学部付属病院呼吸器・甲状腺外科の呉屋朝幸教授が説明する。

 「原因はいろいろあるが、ARDSでは肺の酸素交換ができなくなり、人工呼吸器の補助があっても呼吸ができない状態になります。最終的には全部の肺機能が破壊され悪くなるときには1日でも急速に悪化します。ご本人も医療従事者も、どうしてこんなに急激に悪くなるのか理解できないほど症状が進行することがあるのです」

 勘三郎さんは、最終的に日本医科大学付属病院で治療を受けていた。経験豊富な医師も、肺の状態が悪化しそうになるのは予測可能だが、ARDSの治療そのものは難しいという。

 関係者によると、勘三郎さんの病室には人工呼吸器と人工肺が設置され、さまざまな管が体を貫いていた。

 「人工呼吸器は、気管にチューブを入れて、機械から酸素を肺に送り込みます。病院ではどこでも使用されている方法です。しかし、人工肺は、人工心肺装置のように、体外に血液を取り出して酸素をつけて体内に戻し、肺を全く使うことはありません。極めて特殊な場合に使用され、一時的に肺の機能の負担を軽減するか、あるいは、肺の機能がすでに低下した場合が想定されます」(呉屋教授)

 ARDSには治療薬があるにはあるが、急激に悪化する症状を食い止めることは容易ではない。

 ARDSの引き金となったのは、食道がんとみられている。

 「一般的にARDS発症の基盤になるのは肺炎で、食道がんの場合は放射線治療や抗がん剤治療の後です。炎症などで肺の酸素交換機能が低下し、結果として症状が悪化してしまう。まるで、肺の中で大規模破壊が起こるように、食い止めることは難しい」と呉屋教授はいう。

 勘三郎さんは当初、息子の勘九郎(31)と七之助(29)が出演する京都・南座公演に駆けつけることを励みとし、それが無理なら来年2月の博多座公演へ、と思いをつないできた。

 好江夫人がマスコミを通じて明かした経過報告には「来年4月の歌舞伎座柿(こけら)落としに出演することを、心の拠り所とし、癌晴って参りました」と綴られていた。「癌」が「晴れる」日を願って、正面から立ち向かい力尽きた。
by kenzaburou41 | 2012-12-07 07:33 | 手術の合併症の話 | Comments(0)
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