「アカラシアの手術は従来、腹腔鏡やバルーンを使った治療がなされていたが、新しい治療であるPOEMは従来法よりも患者の身体的、精神的な負担が小さく、治療効果も高い。今後、標準的に行われるようになるのではないか」と、昭和大学国際消化器内視鏡研修センター教授の井上晴洋氏は説明する。
手術時間など従来法に課題 井上氏が開発した新しい治療法とは、「POEM(per-oral endoscopic myotomy)」と呼ばれる手術法だ。腹腔鏡下手術ならば3時間から4時間かかる手術を1時間から3時間で完了させる。井上氏は2009年9月から2011年1月までに67例に実施している。 そもそもアカラシアとは、食道と胃をつなぐ食道噴門部の食道括約筋が運動障害を起こす疾患。食道の疾患としては、食道癌、逆流性食道炎と並んで、念頭に置かれる「三大疾患」の一つ。食道括約筋が弛緩せずに肥大して、食道噴門部が狭窄。食べ物が滞留して食道が拡張したり、食べ物を押し込もうとして食道の壁が全体に肥大化したりする。物を飲み込みづらくなるほか、7割から8割の患者で胸が締まるような不快感の症状が出てくる。「全体で見れば頻度は低いが、食道を診察する医師ならば、年に数例は遭遇する重要な疾患」と井上氏は説明する。 現在、アカラシアの治療としては、風船で食道を拡張させるバルーン拡張術が一般的に行われる。この場合、再発が起こりやすく、腹腔鏡下手術で食道の筋層を切開して胃噴門部を弛緩させる治療が行われることも多い。食道噴門部は体腔の奥にあるためアプローチが難しく、腹腔鏡下手術のためのトロッカーを5本も挿入する大掛かりものとなっていた。手術時間が3、4時間かかるのも手間がかかるためだ。 こうした従来法の課題をクリアすると井上氏が見るのがPOEMである。 食道を締める輪ゴムを切る 井上氏は、「アカラシアは食道が輪ゴムで締められた状態になっており、この輪ゴムを内側から切ってやるのがPOEM」と表現する。 POEMは腹腔鏡下手術と異なり、食道の内側から筋層を切開する。食道に内視鏡を挿入して、内視鏡の先端から専用の三角形のナイフを出し、まず食道の中部を切開して、切り込むための入り口を設ける。ここから粘膜下層を筋層表面に沿って胃の手前まで剥離、粘膜下層にトンネルを作る。このトンネルの中で、食道胃接合部の直前まで食道内輪筋を切開していく。粘膜切開部分を閉鎖して完了となる。 POEMの利点は幅広く出てくる。まず、食道の内側から行うために低侵襲で、手術時間が短いので患者の身体的、精神的な負担が小さいことは重要だ。その上で、従来の腹腔鏡下手術よりも優れた治療を行える。腹腔鏡下手術の場合、食道の外側からアプローチするので、筋層切開できる縦方向の長さは7cmほどの限界があった。POEMは食道の内側から実施するので、15cm超の長さで筋層切開することができる。長く切開できる分だけ、食道の運動障害を過不足なく改善させることができる。 井上氏は、「POEMを行うと、患者は物の飲み込みやすさは大幅に改善し、これまでの治療以上に胸の痛みも取れる。術後、食事に支障がないのも特徴で、患者の中には術後すぐに横浜中華街で食事を楽しんだ方もいた」と話す。 現状では自由診療だが POEMは、NOTES(経管腔的内視鏡手術)と呼ばれる手術法の関連手技。NOTESは軟性内視鏡を用いて、胃や膣に意図的に穴を空けて、腹腔内の臓器の治療を行うもので、POEMは管腔を穿孔はさせないものの、NOTES関連手技としては最初の成功事例と見なされている。 課題の一つは患者負担。現状では、POEMは保険適用がなく、患者は70万円近くを負担する必要がある。腹腔鏡下手術は保険適応されて、自己負担は30万円程度なので、費用はかかる。もう一つの課題は、POEMを手がけられる医師が限られていること。井上氏が開発したが、内視鏡を扱う医師でもPOEMの手技は難しいと判断されるという。今後、技術を普及させることは重要だ。 井上氏は、「POEMの長期成績も慎重に評価している。国内外から視察者を受け入れており、今後、標準的な術式として広がることを期待している」と話す。
by kenzaburou41
| 2013-05-30 23:38
| 食道アカラシア
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